米津玄師の世界④大人になれない子供
1 子供と大人の境目
米津玄師さんの作品には、大人になりきれない今の自分が、子ども時代を振り返って、むしろ子ども時代の自分に勇気づけられるといったモチーフがよく扱われる。
米津さんは、小さい時から、人とコミュニケーションを取ることが非常に苦手で、良好な人間関係をなかなか築けなかったらしい。
ところで、わたしたちはいつどのようにして子どもから大人に変わるのだろうか?
たとえば、昆虫ならその変化は一目で分かる。つまり、幼虫が、蛹に変身し、蛹の殻を破って蝶になるというように。しかし、人間の場合はこうはいかない。確かに、思春期において、その外見は男女とも一部変わるが、それにしても昆虫ほどではない。まして、その内部で起こっている精神構造の変化はまったく目に見えない。
「いつ大人になったか」について、認識できる人はおそらくいないだろう。つまり、わたしたちは知らぬうちに大人になっている。いや、ひょっとしたら、子どもが大人の仮面をかぶっているだけかもしれない。むしろ、子どもの方がずっと現実をありのまま受け止めており、何も知らない分、大人より強いのかもしれない。
2 ピースサイン
♫♩「いつか僕らの上をスレスレに 通り過ぎて行ったあの飛行機を
不思議なくらいに憶えている 意味もないのになぜか
不甲斐なくて泣いた日の夜に ただ強くなりたいと願ってた
そのために必要な勇気を 探し求めていた
残酷な運命が定まってるとして ただ一瞬この一瞬 息ができるなら
どうでもいいと思えた その心を
もう一度 遠くへ行け 遠くへ行けと 僕の中で誰かが歌う
どうしようもないほど熱烈に
いつだって目を腫らした君が二度と悲しまないように笑える
そんなヒーローになるための歌
さらば掲げろ ピースサイン 転がっていくストーリーを」
子どものころの憧憬、ただ一瞬一瞬の運命をそのまま受け止めていたあの頃の無垢な心に戻って、遠い未来へ、向かって行くんだという意気込みを歌っている。
わたしの一番好きな歌詞はこの箇所である。
♫♩「カサブタだらけ荒くれた日々が 削り削られ 擦切れた今が
君の言葉で蘇る 鮮やかにも 現れてく
蛹のままで 眠る魂も 食べかけのまま 捨てたあの夢を
もう一度 取り戻せ」
3 灰色と青
妙なタイトルだが、単純には子供時代は「青色」、大人になった(あるいはなりかけている)今は「灰色」と対比している。俳優の菅田将暉さんとコラボしている。
大人になった自分が少年時代の友達(菅田将暉さん)のことを思い出すところから歌は始まる、
♫♩袖丈が 覚束ない 夏の 終わり
明け方の 電車に 揺られて 思い出した
懐かしい あの風景
♫♩「袖丈が覚束ない」とは急に大人になりつつある今の自分のこと、♫♩「夏の・・・」と一呼吸入れて、♫♩「終わり」と謳う。この絶妙の間で時の流れを一瞬で表現する。
子ども時代、一緒に遊んだ思い出が語られる。自転車で遊んだり、危ない綱渡りで怪我したり、心から震えたあの瞬間にもう一度で会いたいと謳う。そしてサビの部分。
♫♩どれだけ背丈が変わろうとも 変わらない何かがありますように
くだらない面影に励まされ 今も歌う今も歌う今も歌う
やはり、子ども時代の純粋な気持ち(青色)を持って、(灰色)の今の気分を乗り越えようとしている。エンディングは夜明けの情景で締めくくられる。景色は、「灰色からやがて空色(青色)に変わって行く。
♫♩「朝日が昇る前の欠けた月を 君もどこかで見ているかな
何もないと笑える朝日が来て 始まりは青い色」
最後に「灰色と青」のタイトルの意味が分かる。非常に緻密に構成されたドラマティックな一曲である。