自分の国は自分で守る ① はじめに

1 正しいことを当たり前に言う

最近、「正しいことを当たり前に言えない」風潮が広がってきている。
たとえば、自分の家に泥棒が入ったら誰が守るのだろうか?
まずは、主人がその家の財産を守り、泥棒をやっつけなければならない。警察任せでは時すでに遅い。
被害届を出すだけでは、財産も家族も守れない。
仮に犯人が捕まったとしても、家族にけが人が出てからでは、もはや手遅れである。自分の家を守るのは、まずはその家の主人であり、もちろん家族自身である。

ハムラビ法典には「目には目を、歯には歯を」という戒律があるが、これは、報復または復讐は同じ程度でなければならないという意味で、「やられたらやり返せ」という意味ではない。

復讐は同程度以上してはいけないという戒めなのだ。だから半沢直樹の「倍返し」はやり過ぎである。笑

この戒律は一見野蛮に見えるが、このことにより、負のスパイラルを防いでおり、どうにか平和を維持することができる。

いつも、やられっぱなしでは、家族は崩壊する。

国家も同じである。「敵から国を守るのは国防軍である」

消防隊や警察ももちろん国を守っているが、それは軍隊ではない。領海侵犯や領土侵略行為に対抗できるのは、国防軍しかいないのである。

これは、「極めて正しくて当たり前のこと」である。このことを、堂々と言えないようでは、その国は終わっている。

2 自衛隊は国防軍である

自衛隊はもとより国防軍である。そうでなければ、ただの人命救助隊に過ぎない。

国防軍でなければ、あんなに高い軍事費は必要ない。つまり、国防軍でなければ存在理由がないし、国家の存続ができなくなる。

外国(敵国)が日本領土を侵略してきたとき、これに対して、反撃して守れないなら、国家の存続は危ぶまれる。

現在、尖閣諸島は中国が虎視眈々と狙っているし、竹島はすでに韓国に実質支配されている。

北朝鮮の工作員は堂々と日本本土に上陸し、日本人を拉致していった。

これらを阻止するために国防軍が出動するのは当然のことであろう。自国を守るために自衛隊が動いてはいけない、それが憲法9条違反だというのなら、それはすでにその憲法が間違っている。

そんなおかしな憲法は、即刻、廃止すべきだ。それとも、同盟国のアメリカや国連軍が守ってくれるとでもいうのだろうか。

憲法学者は呑気なものである。戦争放棄した平和憲法が日本を守ってくれるもの思い込んでいる。

憲法9条を縦から横から斜めからいくら解釈しても何も生まれない。

なぜならそれは間違っているからだ。戦後、日本憲法は一回も改正されていない。同じ敗戦国のドイツは58回、イタリアは15回改正されている。

戦争が終わって70年以上経つのに、いまだにに変わらない変えられない日本憲法、日本は、まったくもって魔訶不思議な国である。